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2016年8月27日土曜日

ノートについて

ノートが切り替わる。
1年3か月もった。


いつもの方眼罫のノート。
出張に向かう電車の中で
新しいノートに
2017年の3月までの日付を書き込んだ。

ノートは176ページあるので
全部ページに日付を書き込めば
1年8か月くらいかけるわけだが
メモのページも必要なので
とりあえず7か月くらい書いておく。
行事が多かったりすると
7,8か月くらいで使い切るから。

ここ数冊は1週間を見開きにして
時々書き方を変えているけど
だんだん普通の市販品の手帳によくあるパターン、
つまり
 左に1週間の予定表、
 右に自由記載欄
 書ききれなければ別のページに
という形に寄ってきている。

う~ん、
手帳会社の長年の試行錯誤に
個人の工夫はついに追いつかなかったな。


ノートは常時2冊を持っている。

時間(カレンダー)に沿って使う
縦系列の「経(たて)ノート」と
工作や栽培など、
項目に分けて使う
横系列の「緯(よこ)ノート」と。

経は仕事や生活用。
緯は趣味と知識のために。

ノートの切り替え時期の数週間は
切り替え前の1冊を含めて3冊持ち歩くから
カバーは3つ必要。


年を取ってくると
自分にいろいろなルールができてくるんだな、
と思う。

2015年11月6日金曜日

天魚の由来 《番外》

ちょっとものを知った人だと

 天魚?
 アマゴだよね。
 どうして?
 渓流釣りとかするの?

などと言い出す。

ちょっと知っているなんて
厄介で、はた迷惑な、
と思う。

もっと知っていれば
どーせ聞いてもろくな説明はあるまい
と、わかるだろう。

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それでも一応の説明は試みる。


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うちは「宇多源氏」の一族らしい。
家紋も
「丸に十一割の隅立四つ目結」だ。
     (四つ目結は宇多源氏の代表家紋)

宇多源氏の武家の大族といえば
佐々木、六角、京極、尼子(あまご)。

「あまご」の読みがあることは
ご先祖さまへの思いの表れ、
と、思ってほしい。

「へぇ~」
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無論、口から出まかせ、
その場しのぎの後付けうそっぱち、
である。

だが、
そんなことは構わない。
 「へぇ~」
と、終わればよろしい。


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余計な突込みを封じ込めるためには
これくらいな方便は
致し方ないと思う。

天魚の由来 《残心》

荘子 逍遙游第一は
このあともなお興味深い。

「図南鵬翼(となんのほうよく)」
或いは
「図南」
という言葉は
このお話の最後の部分から出ている。

学生の頃、
カールセーガンの
「COSMOS」という本が大ヒットした。
その中でこの逍遙游の、
「空からみたら、地上は青く見えるに違いない」
の部分が引用されていた。
ガガーリンの言葉と並んでいたように思う。

「COSMOS」はNHKでシリーズ特番になっていた。
番組が先か、本のヒットが先かはわからない。
 ↑Wikipediaでみたら
  アメリカで制作、
  並行して書籍化、
  日本では1980年「朝日放送」で放送、
  とのこと。
  …記憶なんて、あてにならないな。

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齊諧(さいかい)さんは物知り。

彼はいう。

巨鳥、鵬が
南の果てに向けて飛び立つとき、
海上を助走すること三千里。
その勢いで
翼でつむじ風を叩きつけ、
上昇すること九万里。
この九万里の厚みの「空気」に載って
飛び去るのだ。

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空気とは何か。
目に見えないし感じられないかもしれないけど
陽炎がたって景色を揺らめかせたり
舞い上がる埃を空中にとどめたり、
生き物が吸ったり吐いたりする
あれ、である。

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空が真っ青なのは
空本来の色なのか?
空が遠く極まりないから
間にあるもの(空気)が
厚く重なって青く見えるのではないだろうか?
もしそうだとしたら、
空から地上を見下ろしても
地上は青く見えるに違いない。

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もし水に厚み(深さ)がなければ
船を浮かべることができない。

例えば、
杯の水を床の凹みにこぼせば
ホコリを浮かべることはできるが
杯は床に接して動かない、浮かばない。
水が浅くて、船が大きすぎるのだ。
(船を浮かべるには、
 浮かべられるだけの厚さが必要だろう)

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ということは
大きな鳥を空に浮かべるには
それなりに分厚い空気の層が必要だろう。

鳥自体幾千里もの大きさのある鵬であれば
九万里の厚みの空気があって初めて
空気に載る、つまり、飛ぶことができる。

風の上に載り浮かび、
青空を背に負った鵬は
もはや何ものにも遮られない。

そうして初めて
南の果てを目指すことができるのである。

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齊諧者。
志怪者也。
齊諧は
怪を志(し)る者なり。
諧之言曰。
鵬之徙於南冥也。
水擊三千里。
摶扶搖而
上者九萬里。
去以六月息者也。
諧の言に曰く、
鵬の南冥に徙るや、
水に擊(う)つこと三千里、
扶搖(ふよう)に摶(はう)ちて
上ること九万里
去るに六月の息を以てする者なり、と。
野馬也。塵埃也。
生物之以息相吹也。
野馬や、塵埃や、
生物の息を以て相ひ吹くなり。
天之蒼蒼。
其正色邪。
其遠而無所至極邪。
其視下也。
亦若是則已矣。
天の蒼蒼たる。
其れ正色なるか。
其れ遠くして、至極する所なければか。
其の下を視るや、
亦た是くの若くならんのみ。

且夫
水之積也不厚。
則其負大舟也無力。

且つ夫れ
水の積むや厚からざれば、
則ち其の大舟を負ふ力なし。
覆杯水於坳堂之上,
則芥為之舟。
置杯焉則膠,
水淺而舟大也。
杯水を坳堂の上に覆へせば、
則ち芥が舟と為らんも、
杯を焉(ここ)に置かば則ち膠(こう)せん。
水浅くして舟大なればなり。
風之積也不厚,
則其負大翼也無力。
風の積むや厚からざれば、
則ち其の大翼を負ふ力なし。
故九萬里。
則風斯在下矣,
故に九万里にして
風斯(すなわ)ち下に在り。
而後乃今
培風;背負青天
而莫之夭閼者,
而る後、乃ち今や
風に培(の)り、青天を背負ひて、
これを夭閼(ようあつ)する者なし。
而後乃今
將圖南。
而る後、乃ち今や
将に南を図らんとす。
 

天魚の由来 《本編》

「天魚」の号は
荘子の最初の章、
「逍遙游第一」にある、
巨魚が巨鳥に化して
南の果てを目指す物語からとった。

その話はこんな感じ

.....................................

世界の北の果て、
冥(くら)い、冥い海、北冥に
巨大な魚がいる。
その名は鯤(こん)という。

鯤の大きいことといったら、
いったい何千里あるのか、
見当もつかない。

この鯤は
時を得て変身して巨鳥と化する。
その名は鵬(ほう)という。

鵬の大きいことといったら、
その背中がいったい何千里あるのか
見当もつかない。

この鵬が一躍、
天翔け昇るや
広げた翼の巨大なること、
天から垂れこめる雲のよう。

この鳥は
海の巨大なうねりに乗じて飛翔し、
南の果ての海、南冥を目指す。

南冥とは天上の池である。

.....................................

天地造化の妙は
想像もつかないような巨魚を
この世の果てに在らしめ
それを当然の如く巨鳥に変ぜしめ
飛び立たせてしまう。

そんな巨魚がいるのか
どこにいるのか
どうすればそれが鳥に変ずるのか
過去なのか、未来なのか、いつなのか、
なぜ南を目指すのか、
どうしてそれといえるのか。

そんなことは誰にも分からないし
分かるはずもない。
そうだからそうなのであって
それが造化の妙というものだから。

.....................................


そんなこんな話があって、
天翔(あまがけ)る馬が天馬なら
天翔る魚は天魚であろう、
ということで
「天魚」と号した。

…さっぱり、わからない。
だろうと思う。


.....................................

北冥有魚。
其名為鯤。
鯤之大。
不知其幾千里也。
北冥に魚あり。
其の名を鯤と為す。
鯤の大なる。
其れ幾千里なるかを知らず。
化而為鳥。
其名為鵬。
鵬之背。
不知其幾千里也。
化して鳥と為る。
其の名を鵬と為す。
鵬の背(そびら)や、
其れ幾千里なるかを知らず。
怒而飛。
其翼若垂天之雲。
怒して飛ぶ。
其の翼や垂天の雲の若し。
是鳥也。
海運。
則將徙於南冥。
是の鳥や、
海の運(めぐ)るとき、
則ち将に南冥に徙(うつ)らんとす。
南冥者。天池也。 南冥とは天池なり。

天魚の由来 《序》

「天魚って… なに?」

聞かれると、
あやふやに答えてごまかす。

やましいことはないが、
話すと長くて混迷極まりなくなって
お互い迷惑することは
幾たびもの経験において実証済みだから。

手身近に説明してみる。

「巨大な魚が
 巨大な鳥と化して
 南の海を目指す姿を
 『天の魚』
 と表し、号としたのです。」

…やっぱりさっぱり、わからない。

世間話の上では

「中国の古典に書かれた、
 とある魚の話からとったんですよ」

くらいが丁度良い。

2015年11月5日木曜日

學屠龍室の由来

學屠龍室(がくとりょうしつ)の室号は
「荘子」の「列禦寇(れつぎょこう)」からとった。

「學屠龍」とは
「龍を屠るを学ぶ」こと
である。

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朱泙漫。 朱泙漫しゅひょうまん、
學屠龍。 支離益しりえきに、
於支離益。 龍を屠ほふるを学ぶ。
單千金之家。 千金の家をつくし、
三年技成。 三年にして技なるも
而无所有其巧。 その巧をもちいるところ
なかりき。
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朱泙漫さんは
支離益先生に師事して
「龍の退治法」という
とてつもなく凄い技を学んだ。

莫大な財産を傾け
三年を費やして
ついにそのワザを習得した。

ただ、
彼の生涯において、
そのワザを生かす場面にであうことは
ついになかった。

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「龍を退治する技」なんて
ムダに凄いけど
龍に出会うことがない以上
社会的にはほんとにムダ。

それがムダだということは
自分が一番わかっている。

その努力と時間を他に向ければ
なにかしら役立つことができたかもしれない。

でもまぁやっぱり
そんなムダなことに
ついつい惹かれてしまうんだな、
これが。


2015年11月3日火曜日

履歴

2015.09.11 FB開設(掲載記録上 実開設日はもっとあと)
2015.11.03 ブロク開設
2015.11.03 FBより整理したい写真等を複写して編集