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2016年12月2日金曜日

お道具拝見

モノを作る人の道具を見るのは楽しい。

知らない道具。
手作りの冶具。
使い込まれた景色。
独特な摩耗やキズ。
刮目してみる工夫。

創作工房 WARAI 河合さんの道具たち。


いちばん惹かれたのはこれ。
ヤニ台、というのかな。
松脂にとの粉が入ったものとのこと。

最高の端渓のような色と造形。
その無造作なたたずまい。
美術品かと思うけど
日々これが火にかけられ叩かれている。
その行為がこの道具に風合いを維持し、増さしめる。

















この嘴みたいなヤツは
僕にも早急に必要だな。
作らなくちゃ。





灼けて熔けた色合い。






叩かれた鉄の色。
日本刀の肌が思われる。





どれもこれも
博物館に入ってしまえばたちまち命を失い
何年もしないうちに色あせるだろう。

使い続けられているから保たれる新鮮さと景色。
使い続けられているから日々摩耗していく定め。

無常の美しさ。

2016年9月11日日曜日

バベルの塔

中国語はわからなくても
中国の新聞の見出しは
見ればだいたい想像がつく。

中国、日本、朝鮮、越南(ベトナム)…
昔は新聞の見出しくらいは
互いに理解できたであろうに、
朝鮮、越南は実質漢字を捨ててしまった。
理屈はわかるけど
ちょっと残念に思う。

TVで韓国語がでて
漢字はどう書くのだろうと思って字書を引く。

この字書も
何年か前にだいぶ探して手に入れた古いもの。
個々の漢字について
朝鮮語-日本語-英語-中国語
の解釈を示している。
なかなか
同じような本は
古いものはあっても
今後は作られないのではないか。
粗末な装丁の古本だけど
そう思うと大切にしないわけにはいかない。

ひらがなで漢語を書く気持ちはちょっとわからない。
 しめんそか
とか、書きたくないなぁ。

越南の人、韓国の人は、
どんな気持ちで漢語(漢字語)を使っているのだろう。

たとえばベトナムのハノイは
漢字で書けば「河内」だし、
ベトナム人によくある
「グェン」さんは「阮」さんなのだけれど。







2016年8月12日金曜日

玉虫色の玉虫の翅

通勤中、タマムシの翅(はね)を拾った。
このあたりにもいるんだ!

生きた姿を見たかったけど
パーツだったおかげで翅の裏まで見えた。

この色はCDの裏側やシャボン玉の虹色と同じく
「構造色」といって、
微細構造が色を作り出していて
色素に基づかない発色をしている。
だから構造が崩れない限り色を失うことがない。
モルフォ蝶の翅も同じ。

法隆寺の玉虫厨子(たまむしのずし)は
このタマムシの翅を一面に貼り詰めたという。
2008年に、実際のタマムシの翅をつかった玉虫厨子が復元されたと聞いた。
使用したタマムシの翅は6622枚であったという。

2016年5月1日日曜日

萬羽軒

神保町のすずらん通りは何百回も往復したが
横道はあまり知らない。

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ふと思いつきで曲がってみたら
文房具の並ぶ骨董品屋さんがあった
印材や硯からは足を洗ったつもりだが
見ればやはり気になる。
えてして入りにくいこの手の店だが
勇気を振り絞って扉を開くとご亭主はいたって愛想がよい。

ま「誰かに聞いてきたの?」
ぼ「いや通りすがりにふらっと」
ま「通りすがりに入られることのまずない店なんだけど
  珍しいなぁ」

蒙古の印材やら
端渓の水巌やらの話しをするうち
金沢の表立雲先生の名前やらなんやら
懐かしい響きがいろいろ出てきた。

會津八一や良寛の話の流れで
高校の恩師にして
いまも「文人趣味」つながりのある、
川野辺健司先生の名が出てきたときには
ご亭主(軒主?)の萬羽啓吾さんと僕と
両方で驚き、
萬羽さんは
「こういうことがあると思うと
 この商売やっていて本当に良かったと思う」
と云ってくれたが
僕も自分にこういう指向があって本当に良かったと
珍しく思った。

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ずいぶんたくさん語り、
余り長居しても、と思って辞したが
ただの30分ばかりのことだった。

ここ何年も活動しなかった心の領域が
久しぶりに活性化した。

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萬羽さんは良寛の研究、書の目利きで知られた方。

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いったんお店を出て
写真を撮らせてもらうともどったら
「そうそう、
 6/1の『ヒルナンデス』で取り上げられるから
見てよ」と
「いつもなら1枚3500円なんだけど…」という手書きの名刺を
もう1枚いただいた。

2016年3月27日日曜日

青面金剛と日本百観音

ご多分に漏れず、
このあたりも庚申塔がたくさんある。
青面金剛(しょうめんこんごう)も珍しくない。

天帝に
今しつつある悪さが報告されないようにだろうか
三猿(見ざる言わざる聞かざる)とセットになるのはお決まりだが
ここは豪華?「三猿2段仕込み」である。

おそらく
もともとあった別の石仏の台に
今の石仏を載せてしまった結果「2段仕込み」になったのだろう。
まぁよくあることである。

〇文四己未十一月(〇は欠字)
とあるので
干支を参照すると元文4年(1739)。
徳川吉宗の時代の建立である。

寄進者には
今のこのあたりのお屋敷のご苗字がならぶ
300年来のこの地域の名士なんだ~
そうと思うと
次回ご子孫の方々に会うのがありがたく思われる。



観音さま(観世音菩薩)の巡拝記念?の供養塔も写真を撮ってみた。

撮るだけ撮って今見てみると、
坂東、秩父、西国とある。

西国三十三所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所
計100か所の霊場を併せて
日本百観音というが
この建立者は100か所をコンプリートしたのだろうか。
それともここ1か所で
100か所巡拝と同じ、という
プレミア供養塔なのであろうか。

裏に回ってよく見ればよかった。

次に散歩に行く目的ができた。


緑区の杉山神社とその周辺にて。

2016年2月28日日曜日

つくよみ(月読)

天照大御神が
3姉弟であることは
案外忘れれらている。

長女のアマテラス
末っ子のスサノオにくらべて
真ん中の長男の
ツクヨミ(月読)は影が薄い。

月だから?
月なのに??

川崎の麻生区の
「月読(つくよみ)神社」にいった。

ひなびた鉄筋コンクリートの社。
賽銭の投入口が
新聞受けっぽいのも面白い。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

月の神様としてのツクヨミの影の薄さに比して
歌に詠まれるツクヨミはなかなか粋である。

月読(つくよみ)の光に来ませ
 あしひきの山きへなりて遠からなくに

…月の光を頼りに訪ねてきてください、
  山ひとつ隔てただけで、
  遠くはないのですから。

 天にます 月読壮士(つくよみをとこ)幣(まひ)はせむ 
  今夜の長さ 五百夜(いほよ)継ぎこそ

…天にいらっしゃる、ツクヨミ様!
  お供えをします!!
  この素敵な夜を500夜分延長してくださいっ!

「つくよみをとこ」なんていいまわしも面白い。










2015年11月29日日曜日

西光寺の火祭りで火渡りをしてみる

ご近所の西光寺の「火祭り」に行った。

極楽寺から山伏たちが
法螺貝をふきながら西光寺に向かう。




厨子で運ばれた、
本尊の不動明王を安置。


山伏問答。
下野、出羽、下総の山伏が結界を挟んで問答。



導師の祈祷


もろもろの儀式



四股で大地を清める。





柴灯に火を入れる。


護摩修業



護摩木 志納金500円




炎を崩して火渡りの準備


火を払ってしまうのかと思ったら
割木をいれて、わたるところに火を入れた!


火渡り

結構燃えてる。


火を渡ってみる。
素人相手としては火はやや強めで
わたる人はあまり多くはない。

合掌した手には渡されたお守り。

入り口、出口には清めの塩。

この後、燃えている割木は取り払われ
たくさんの人がここを渡る。

いただいたお守りがとてもありがたく思われる。

和ろうそくの燃え方


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「ほかに希望者は」と何回か山伏が声を張り上げた後、
最後に、
コルセットをしたおじいさんが、
介助の人に支えられてながら、
おずおずと進み出た。

山伏たちに支えられながら渡りきる

なにか「ありがたさ」が感じられて
泣きそうだった。
別なところで見ていた妻も同じように感じていたとのこと。


紙垂(しで)をいただく。


山伏だって手足は洗う。


問答などは
狂言と同じ、室町頃の言葉だろうか。
真言やお経など、
案外なほどよく理解できた。

面白かった、というより
なんか「ありがた」かった。
来年も来たい。